2020.03.02 /

フジジュンのROCKどげん? 13

 

ジュークレコード時代、最初に夢中になったのはブリティッシュビートでした。

 

自分が思うブリティッシュビートとは

ブルース、R&Bなどルーツミュージックから多様化していく

70年代、80年代ロックへの橋渡し的存在。ロックの中継地点のようなもの。

 

ざっくりブリティッシュビートを説明すると

アメリカの黒人音楽、ロックンロール&ロカビリーを下敷きにして

自分たちなりに解釈、更なるビート化を経て自作自演バンドという形態に。

60年代中盤ビートルズを筆頭にバンドブームが大爆発。

アメリカにも進出ヒットチャートを席巻。

ブリティッシュインベイジョンと呼ばれるようになる。

 

50年代後半までのイギリスはスキッフルと呼ばれる

アコースティックカントリーR&Rみたいなものか

クリフリチャードのようなロカビリーコピーが主流でした。

1960年を境に様々なバンドが出現。

それまでの音楽と一番違う所は「自作自演」という形態です。

曲を作る作家チームと演者チームに別れていた概念を覆した。

自分たちの言葉で自分たちで演る。

 

ブリティッシュビートの全バンドがいいってわけではありませんが

その後の世界ロック事情を考えると重要なバンドが

この時代に出現したことは確かです。

 

というわけで私の好きなブリティッシュビートグループ特集!!

 

BEATLES / WITH THE BEATLES  1963

              / A HARD DAY’S NIGHT  1964

              / FOR SALE  1964

 

ブリティッシュビートの話はやはりこの方達から。

ブリティッシュビートと言えばまずはリヴァプールサウンド。

イギリス中央、西側の港町。アメリカ、アフリカとの貿易で栄えた街。

マージー川の河口なのでマージービートとも呼ばれます。

 

リヴァプールにはビートルズのマネージャー、ブライアンエプスタインが手がけた

ジェリー&ペースメイカーズやビリーJクレイマー&ダコタスもいました。

この2つはビートルズと同じジョージマーティンがプロデュース。

その他サーチャーズ、スウィンギンブルージーンズなどもリヴァプール出身。

 

ちなみにマージー川の上流マンチェスター地区の

ホリーズ、ハーマンズハーミッツ、フレディ&ドリーマーズなども

マージービート括りにされていることが多いです。

 

ブリティッシュビートというくらいだから

イギリス各地からバンドが出現したイメージですが

実は、ほとんどがロンドンかリヴァプール周辺なのです。

しかも大都会ロンドンよりもリヴァプール周辺の方が多い。

これは私の想像ですが、第二次世界大戦が終わり、世界の流通が安定して発達。

アメリカ産の黒人音楽が貿易港を通じて若者たちの手に届くようになった。

リヴァプールはその玄関口だから早く届き、薄まらずに伝わったと。

 

しかし一つだけ自分の中でなぜだろうと思うことがあります。

ビートルズはバディホリーやリトルリチャード(主にspecialty record)

などR&B、R&Rの曲をカヴァーしていますが

ブルースは、ほとんどありません。

他のリヴァプール出身バンドもブルース色が強い有名なグループがない。

 

ブルース色の強いストーンズ、ヤードバーズはロンドン、

アニマルズはニューキャッスル、ゼムにいたってはアイルランドのベルファスト。

リヴァプール周辺ではブルースが流行らなかったのか、

そもそもブルースのレコードがなかったのか、、、。

 

ビートルズ初期の話で好きなものがあります。

ビートルマニアの方はご存知だと思いますが

ビートルズがデビューする前セミプロ時代、

ドイツのハンブルク修行、ドサ廻り公演の話です。

 

1960年8月。

過酷なハンブルク修行公演でビートルズはバンドの礎を作ります。

当時ハンブルクはリヴァプールと姉妹都市、同じ貿易港ですが治安が悪く

世界の荒くれ船員が多い歓楽街として有名でした。

嫌な客ばかり、音楽を真剣に聞く人なんか一人もいない(想像)

そんな所で毎日ステージに5時間立っていた。

しかも106日間。リクエストに答えるために曲も増やさないといけない状況。

 

この時ジョンレノン20歳、ポール18歳、ジョージ17歳。

ベースのスチュアートサトクリフ20歳、ドラムのピートベスト19歳。

ちなみに翌年も約100日間行っています。

バンドがより強力になり個人的音楽レベルも上がる。人間的な成長もあったでしょう。

 

ビートルズの世界制覇にはいくつもの理由やメンバーの資質もあると思いますが

このハンブルク時代は大きな要因の1つだったと思います。

 

1995年に始まったビートルズアンソロジープロジェクトなどで

初期ビートルズ音源は聞けますが決してうまくないというか完成されてない。

しかしその後の名曲が生まれる土台がこの時代に作られていたことがハッキリ分かります。

 

1961年後半にブライアンエプスタインがマネージャーになり

地元リヴァプールでスターにのし上がり、ビートルズの快進撃が始まります。

そしてブリティッシュインベイジョンの先頭に立ちアメリカ制覇へ。

 

好きな初期アルバムはUKオリジナルの2作目、3作目、4作目。

USA キャピトル盤編集もそそられます。ジャケットデザインもいいし。

でも日本人としてはUK盤が一般的だし、実際キャピトル盤を

愛聴していた人は私の周りにはいませんでした。

 

私事ですが数年前、長女が1年間ハンブルクに住んでいました。

(現在はベルリン在住)

すぐ頭に浮かんだのはハンブルクからリヴァプールへ旅行することでした。

残念ながら実現できず。

 

 

ビートルズ関連のおまけチョイスを最後に。

ビートルズカヴァーは星の数ほどありますが

特に好きなものを紹介。

 

INMATES  /  MEET THE BEATLES  1987

ヴォーカル、ビルハーレイ復帰後、パリでのライブ。痛快。選曲も渋い!

 

 

BACKBEAT /  ORIGINAL MOTION PICTURE  1994

スチュワートサトクリフを描いた映画「バックビート」のサントラ。

ハンブルク時代を再現した演奏をしているのはフーファイターズの

デイブグロールやソニックユースのサーストンムーアなどオルタナ系。

ストレートにかっこいい。

ほぼ見過ごされているCDですが中身は熱い。全12曲。一発録り!(たぶん)

 

 

REVOLVER  /  NORTHERN SONGS  1979

よくできたビートルズ風パロディの「ラトルズ」や、

「ユートピア」も完成度高いですが

この正体不明のリボルバーもよくできています。

ビートルズ初期、ピーター&ゴードンなどお友達に提供した楽曲を

もしもビートルズがやっていたらの再現盤。

結局、メンバーは誰なのか、わからないまま40年。謎のまま。

 

 

VARIOUS ARTISTS  /  RUBBER FOLK  2006

イギリスBBCの企画盤。RUBBER SOUL 40周年の番組からできたCD。

フォーク系の人たちによるカヴァー集。どの曲も秀逸。

そんじょそこらのビートルズカヴァーとは一味違う。

単にビートルズの曲をやりましたって感じではありません。

 

 

 

 

ZOMBIES / SHE’S NOT THERE

 

ゾンビーズ。リーダー兼キーボードのロッドアージェント(1945年生まれ)のセンスの良さと

コリンブランストーン(ヴォーカル1945年生まれ)の甘く瑞々しい歌声がいい。

楽曲も素晴らしい。ベースのクリスホワイトを加えた3人のハーモニーも絶品!

ブリティッシュビート哀愁部門1位。

初期デッカ時代の「SHE’S NOT THERE」「TELL HER NO」

「WHENEVER YOU’RE READY」「LEAVE ME BE」

「THE WAY I FEEL INSIDE」いつ聞いても良いです。

ビートルズの後を追ってアメリカ進出。3枚目のシングル「TELL HER NO」が

全米3位まで駆け上がるが、その後失速。CBSに移籍。

2枚目のオリジナルアルバム「ODESSEY AND ORACLE」完成前にバンドは解散。

バンドが存在しないまま発売へ。ところが収録曲「タイムオブザシーズン」が世界的大ヒット。

不運なゾンビたち。

それにしてもなぜ「ゾンビーズ」というバンド名にしたのかな?

このLPは1981年イギリス編集のもの。初めて買ったゾンビーズレコード。

 

おまけゾンビ。

COLIN BLUNSTONE  /  ONE YEAR  1971

ソロ歌手としての(本名での)ファーストアルバム。

ロッドアージェント&クリスホワイトがプロデュース。

一曲目の「SHE LOVES THE WAY THEY LOVE HER」の軽快な感じもいいですが、

優しめのガットギターやストリングスを使った曲がたまらなく、うっとり。

コリンブランストーンの声に引き込まれていきます。

 

 

 

MANFRED MANN / THE BEST OF MANFRED MANN

                                                  / SOUL OF MANN 1967

ジャズ畑出身のマンフレッドマン、本名マイケルルボウィッツ

(1940年生まれ、キーボード、南アフリカ、ヨハネスブルグ生まれ21歳の時にロンドン移住)

を中心に1962年結成。

1963年ブリティッシュブルースの虎の穴?アレクシスコーナー門下生の

ポールジョーンズ(1942年生まれ)が加入。

R&Bをベースにした歌モノへと変化。グルーヴィーでヒップな楽曲と

明るいソウルフルなポールジョーンズのヴォーカルが合体。

しかも演奏能力はブリティッシュビートグループの中で1番!

1964年3枚目のシングル「5-4-3-2-1」がテレビ番組レディステディゴーの

主題歌になり大ヒット!初期EMI/HMVポールジョーンズ時代がヴェリーグッド。

「DO WAH DIDDY DIDDY」「SHA LA LA」「THE ONE IN THE MIDDLE」文句なし!

インスト中心のLP「SOUL OF MANN」も悪くはない。

一番最初に買った思い出のベスト盤。

 

 

 

HOLLIES / 20 GOLDEN GREATS

マンチェスター出身。幼なじみのアランクラーク(1942年生まれリードヴォーカル)と

グレアムナッシュ(後のクロスビー、スティル&ナッシュ)を中心に結成。

エヴァリーブラザーズのコピーデュオから始まりメンバーを集めバンド形態へ発展。

覚えやすいメロディにトニーヒックスのキャッチーなギターが重なり

アラン&グレアム&トニー3人の美しいハーモニーが絡み合う。

ビートルズと同じレコード会社EMI/PARLOPHONEですが

プロデュースはジョージマーティンではなく弟子のロンリチャード。

バンド名の由来はバディホリーからとったもの。

昔の映像を見るとアランクラークとその仲間たちに見えます。アランクラークの存在感が大きい。

「CARRIE ANNE」「BUS STOP」「I CAN’T LET GO」「HERE I GO AGAIN」

「SORRY SUZANNE」「WE’RE THROUGH」「STOP STOP STOP」

「JUST ONE LOOK」好きな曲多数。エヴァリーブラザーズの進化系がホリーズなのでは。

一番最初に買ったホリーズはこれでした。80年代安くて曲がいっぱい入っている

LPってこれしかなかった。20曲も入ってお得ですがジャケットが残念。

地元マンチェスターを象徴する発電所?なのか?

 

 

 

KINKS / KINDA KINKS  1965

          / KINK KONTROVERSY  1965

キンクス(KINK)ひねくれ者たち。

リーダー&ソングライター&リードヴォーカル、ギターのレイ ダグラス デイヴィス

(1944年生まれロンドン出身)を中心に、弟のデイヴ デイヴィス(ギター)

ミックエイヴォリー(ドラム)、ピータークウェイフ(ベース)で1964年デビュー。

ビートルズの成功を追って同じリヴァプール出身のサーチャーズで成功したパイレコード(PYE)が

ロンドンで見つけたのがレイヴンズ。後のキンクスです。

デビューシングルはサーチャーズと同じような黒人音楽カヴァー路線でしたが

3枚目のシングル、オリジナル曲「YOU REALLY GOT ME」が英米で大ヒット。

その勢いで「ALL DAY ALL OF THE NIGHT」「TIRED OF WAITING FOR YOU」

「SET ME FREE」「TILL THE END OF THE DAY」など立て続けにヒットを連発。

いい曲ばかりなのですが多少似たようなコード進行リフが多いです。初期のキンクス節。

 

他のブリティッシュビートグループと同じようにアメリカ進出。人気も出て成功。

しかしアメリカツアーでのトラブルや芸能界?に辟易して路線変更。

4枚目「FACE TO FACE」からがキンクスの真骨頂のような気がします。

キンクスのブリティッシュビート時代はファーストLP「KINKS」から3枚目の

「KINK KONTROVERSY」までかなと。

パイ時代の初期3枚。キンクスも黒人音楽の影響はありますが深追いしてない。

ファーストからオリジナルが半分くらいあります。

想像ですがレイデイヴィスは「自分は黒人歌手のようにソウルフルに歌えないし、

ポピュラー歌手のようにアメリカ人にヘコヘコするのも嫌だし、

私はイギリス人ならではの音楽をやっていこう」と思ったのではないでしょうか。

 

おまけキンクス。

VARIOUS ARTISTS  /  THIS IS WHERE I BELONG ,THE SONGS OF RAY DAVIES & KINKS  2002

キンクスカヴァー集。

レイデイヴィス本人による曲の解説と感想付き。

ご本人の最初の言葉が

「手渡された見本盤に少なからず好奇心を持って目を落としている、、、

 私にとって嬉しい驚きだ。参加しているアーティストには知っている者もいれば

 名前すら知らない者もいる。」なかなか面白い解説です。

参加しているアーティストの曲もいい。

 

 

 

WHO / MY GENERATION  1965

        / A QUICK ONE  1966

ブリティッシュビートブーム後半にロンドン、ウエストエンドから登場したフー。

ピートタウンゼンド(ギター)1945年生まれ、

ロジャーダルトリー(ヴォーカル)1944年生まれ、

ジョンエントウィッスル(ベース)1944年生まれ、

キースムーン(ドラム)1947年生まれ。

4人とも個性強い。演奏能力も高い。新しい感覚。

ジェイムズブラウンやボーディドリーなど黒人音楽のカヴァーはありますが、

他のバンドと比べるとルールが違う感じがします。

いい表現ではないですが「暴力的」。

気分で言うと50年代のロックンロール時代を引きずってない

登場した瞬間からすでにロックな感じ。

 

ディトワーズ、ハイナンバーズとバンド名を変えながら活動を続け

1965年フーとして「I CAN’T EXPLAIN」でデビュー。

3枚目のシングル「MY GENERATION」が英国で大ヒット。

そのまま同時期にファーストLP発売。

しかし、アメリカでは惨敗。100位以内にもチャートインしていません。

当時のキラキラしたポップで善良なアメリカショービジネスには

受け入れてもらえなかったのでしょう。

アメリカでヒットして認識されたのは1969年4枚目「TOMMY」から。

ファーストLP「MY GENERATION」は英国盤とアメリカ盤の違いがあります。

曲目もちょっとだけ違いがあるのですがジャケット写真が違うのです。

両方とも強気で、大胆不敵で、新人とは思えないふてぶてしい表情は同じですが、

英国盤は俯瞰ショット、アメリカ盤はビッグベンが背景にあるショット。

アメリカ盤の写真がかっこいい!

ちなみに日本盤は女子写真です。これも悪くはない。

ファースト1曲目「OUT IN THE STREET」からガツンと来て

ラストの強烈インスト「OX」まであっという間です。

セカンドもいい。特にラス前の「SO SAD ABOUT US」しびれます。

 

 

SMALL FACES  /  SMALL FACES  1966

                      /  FROM THE BEGINNING  1967

スモールフェイセス。フーの後を追って?ロンドンイーストエンド下町から登場。

フーよりスケールは小さいが負けてない。

スティーブマリオット(1947年ヴォーカル、ギター)

ロニーレイン(1946年ヴォーカル、ベース)

ケニージョーンズ(1948年ドラム)

イアンマクレガン(キーボード、ファーストLP途中から参加)

バンドの印象はやはりスティーブマリオット。

ややしゃがれ気味のソウルフルヴォーカルシャウトスタイルでバンドをグイグイ引っ張っていく感じ。

セカンドも悪くないが、はじけ具合はファースト。

A面1曲目サムクックの「SHAKE」カヴァー、いつ聞いてもウキウキしてしまう。

 

 

 

DUFFY POWER  /  DUFFY POWER

ジョンレノンが憧れたことで有名なヴォーカリスト、ダフィーパワー。

ビートルズと同じEMIパーロフォンでデビューしたが上手くいかず、

ブリティシュブルースの道へ。

歌上手い、声もいい、ソウルフル!

これはブリティッシュビート時代ではない70年代弾き語り集ですがグッド。

アコギをかき鳴らしシャウト!かなりイケマス。

 

 

 

ブリティッシュビート パート2へ続く。

パート2はブリティッシュビートの中で特にブルース色が強い

ストーンズ、ゼム&ヴァンモリソン、アニマルズなど予定。